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文化庁の助成について

11/18から12/9までチリ、バルパライソのTsonami sound art festivalで、滞在制作と発表に参加してきます。

これは、梅田くんや寛太くん、大△、吏英さんも参加しているサウンドアートのフェスティバルで、日本で出会った海外のアーティストも何人か参加していて、もともと興味をもっていたフェスティバルでした。今回招聘リストに加えてくれたEricさんどうもありがとう。

さて、この渡航費は私としては初めてになる助成金申請でまかなっています。文化庁の新進芸術家研修助成の短期です。いままで、海外から呼ばれるときはだいたい国際交流基金(文化庁の外郭団体ですね)がサポートしているよな、とは思っていたのですが、いつもは企画側が申請してくれて、自分から申請するのは初めてでした。国際交流基金の助成は締め切られていたので、文化庁のほうにだしたわけですが(通るとおもっていなかった)助成がきまったのが9月末で、その矢先にこんなことがあって、ものすごく驚いているところです。

という感じで、今回自分で申請するまで、この歳まであまり助成金に意識的に関わることはないままやってきたのですが、実感としては、自分でまかなえる規模以上のことをしようとすると(自分が海外ツアーをしようとしたり、逆に海外から人をよんだり、大きな会場でフェスティバルをしたりする場合)助成金のフォローは避けてとおれないということです。

小さな表現でも長く続けていくうちに、自分が働いたり物を売ったりしてつくれるお金の範囲以上のことをしなければいけないタイミングというのは往々にしておこるわけで(中小企業に対する経済助成や産業助成、理系や文系研究者に対する学振制度と同じようなもの、と私は認識しています)、その矢先の、今回の文化庁助成の撤回でものすごく驚きました。

この問題はいろいろなことを内包していて、たとえば 「自力で作家活動をするべきである」、とか、「悪いのは内閣で文化庁ではない」、とか、「文化庁が内閣に忖度したのが悪い」、とかそれぞれの立ち位置によって少しずつ角度が変わってきてとても難しい。署名のキャッチコピーも攻撃的だと思うこともあるし、このくらいの怒りはあるんだよ、とも思う。

とはいえ、つまるところは、きちんとした審査をへて、すでに助成が決定しているものの引き上げというのは、常識的にあってはならないこと、という一点は揺るがないと思います。自分が同じ目にあったらどんなに恐ろしいかと思ってゾッとします。

そして、これは愛知だけの問題ではなくて、今後文化庁が助成するイベントは、すでに忖度されている、現内閣に都合のいいものしか選ばれないし、私達は見ることができない、という恐ろしさです。今後は、どんな芸術祭であれ、文化庁が助成していれば、政治的テーマは無力にさせられているということです。同時代的な表現はたとえ表面にでないとしても、また作者が意図しないとしても、ある程度政治的なものになると思うのですが、そこが漂白されていく。

いま、新聞やテレビはすでに忖度されている、自己検閲されている内容だと感じています。政権支持率も嘘だと感じています。これが、もっと在野の芸術にまで広がっていく。はっきりとした検閲、弾圧ではなくて、ゆるやかに、忖度という形で自己検閲がひろがり、何にも異議を申し立てない表現だけが蔓延していく。とても怖いと感じています。そんな国の先には未来などありません。