phenomenologist

2月に共演した、KILTのEdwardさんが、おまえの名前をDavid ToopがWireに書いてくれてるぞ、と知らせてくれたのであわててオンライン版で見てみたのですが、梅田くんや寛太くん、もうり、大城くん、川口くん、赤間さん、りえさん、ピエール・バーセットなんかと並んで名前を上げてくれていました。私は彼らからの影響をすごく受けてるほうの人間だと思うので、いっしょに並べて言及してもらったのはありがたかったです。

ざっくりと”phenomenologist”と名付けての紹介なんですが、ちょっと前のBlogでも書いたけど、もの/体, UI/インタラクションの関連で、ちゃんと現象学というか身体論の本よまないとなあと思っていた矢先でした。ICC畠中さんは、このあたりの流れを、たしか/ポスト/ポストもの派としてのあり方として指摘していた気がしますが、”もの”を扱うことも含めて、そのものの現象をパフォームするという点で”phenomenologist”という言葉を使ったToopの文章と、文中で紹介された梅田くんの話は面白かったです。
https://www.thewire.co.uk/issues/400

あとは、並んだ名前のほとんどが日本人なのですが、実験工房、鈴木昭男さんはもちろん、時々自動(今井次郎さん)、文殊の知恵熱、佐藤実さん、あたりの日本人作家からの接続もあるよね、とかも読みながら思ったりしました。大友さんの最新刊はまだ読んでないのですが、この辺はすでに言及されているかもしれません。

東京理科大 近代科学資料館

東京理科大 近代科学資料館に行ってきました。面白かった、iPhoneでですが撮影してきた写真をflickerにあげました。以下のアルバムは抜粋。

近代科学資料館

すべての写真は以下
https://www.flickr.com/gp/39568014@N08/08ZUB2

以前、wikipediaの写真などを参考に、計算機ドローイング集をつくったのですが、自分で取材してきた写真もたまってきたので、完全オリジナルでまたつくりたいなーとおもっています。昔つくった計算機ドローイング集は以下からpdfをダウンロードできます。
http://suzueri.sakura.ne.jp/drawings/calculators.pdf

理科大の資料館は、アンスティチュ・フランセが近いので、ついでにあそこのレストランでランチを食べるとたのしいかもしれない。

Archive : Yo No Bi #2 at Islington Mill, 6th – 8th Feb 2017

ようやく、マンチェスターでの展示とライブの動画を編集できたので公開しました。記録はまだもう少しあるので、まとめ次第公開していきたいとおもいます。

ひとまず、2月6日から8日まで3日間行った大城くんとの展示と、オープニングでのライブの様子です。

大城真+すずえり 展示全体はこんなかんじでした。


動画ではわかりにくいのですが、大城くんの作品は、ピアノ線の先に、モーター制御の爪がついた小さな基板がついていて、爪がピアノ線をはじくと、その先についているブリキのバケツが共鳴する(というのが10数点天井近くに配置されている)という空間全体を使った作品です。

私の作品が、ピアノやモーターといった具体音をメインにして、デッドな感じでその場でガタガタいわせていたのに比べると、大城くんのは空間全体を鳴らすイメージで作られた作品で、いっしょに動かすと定位感と作曲感が出て面白かったです。動画の最後のほうに、いっしょに鳴っている状態をいれていますが、実は2時間くらいレコーダーをまわしているので、それもなんとかまとめて、写真といっしょに何らかの形でリリース/公開できたらなあと思っています。

会場は、19世紀末に紡績工場だった場所を、現地のアーティストたちがリノベーションして、ギャラリー、B&B、シェアオフィス、クラブ、にして使っているという場所で、私達が展示をしたのはクラブにつかわれている天井の高い場所でした。
動画にちらっと写っているメガネの男性は、一連の企画をとりまとめてくれた、Octopus collective, Full of noisesのGlennさん。キュレーションしてくれた赤間涼子さんとともに、ものすごくお世話になりました。

私の展示のダイジェスト(と言うか説明)

tech rider, ドローイングといっしょに、以下のurlに簡単にまとめたページを作ってあります。
http://suzueri.sakura.ne.jp/pianoplay/


以下、オープニングでのライブです。(実は、ふたりとも設営徹夜あけでフラフラ)
■大城真のソロ

■私のソロ(挙動不審)


Flickerにまとめた写真など

大城くんの作品メイン
2017/2/8 IslintonMill Oshiro

私の作品メイン
PianoPlaysPiano


Bradford, Brightonの動画もあるので、まとめ次第更新します。

なおマンチェスターは、産業革命発祥の地だそうで、紡績機や蒸気機関、Manchester Mark IIなんかが収まってるでかい博物館があってアガりました。
2017/2/12 Manchester Museum of Industrial and Science

soundsuitという作品と、体を動かすことについて

UKにいったときの映像をまとめてますが、映像の編集というのは、それを撮影したのの倍以上の時間がかかるもので、なかなか公開できません。映像の編集を通じて俺は同じ人生を生きなおしているのだ。というのはさておき、なにかをここに書きたいという気持ちはあるので、何かを書きます。たいしたことではありません。

シカゴにニック・ケイブ(バースディパーティじゃなくて)というアフリカ系のアーティストがいて、シャルル・フレジェの写真を思わせるコスチュームを「サウンドスーツ」なる名前で発表しています。

どんだけサウンドなのか、というと、服のまわりにぶらさがってるフサフサがしゃらしゃらいうのがサウンドなのかな…、とちょっと音小さいんじゃない?という気もするけど、これを着てダンスをする姿はかわいくてかっこいい。アメリカ中のリサイクルショップで材料を買ってくるらしい。




古いスピニングトップをやたらとつけたスーツがかっこいいんだけど、どう考えてもこれは音だせないよな



なおスピニングトップはちゃんと鳴らすとこういう音がします



さて、こういった、「楽器」を身に着けて踊る、というアイデアはすごく素敵だし、民族衣装でもよく見るものですが、私は子供のころから自分の体が自分がイメージしたとおりに動くようなことが一切ない(端的にいって運動音痴)なので、こういう衣装を思ったように鳴らしながら人に見せるには、演奏者というかダンサーが必要ですよね、と思いました。

この辺の自分の体と、自分の気持ちが分断されている、という気持ちや、この未来世紀にまだ体をつかわなくちゃいけないのっておかしいんじゃないの?という子供のころからの気持ちはいつまでたってもなくならないのですが、どこかで落としどころは見つかるのかしら、とこの軽やかな作品を見て(たぶんこのスーツの作者もダンスうまそうな顔してるし、この衣装を着て踊れちゃうんだろうなあという気持ちとともに)感じたり。

物と体が分断されている、さらに体と気持ちが分断されている、というのは訓練で乗り越えられることも知ってるけど、訓練って時間かかるし、的外れだと距離はどんどん開いていく。

これはスポーツや楽器の演奏では、自明の話なのですが、そこにはやっぱりすごい分断がある気がする。このあたり、ガブリエル・マルセルかメルロ・ポンティかあたりが指摘していたような気がしますが(うろ覚え)、どのあたりの著作を読むのがドンピシャなのでしょう、不勉強ですみません、どなたか教えてください。

「体と頭」の問題は、「モノと体」、たとえば楽器と演奏者のような、「UIとインタラクション」の話にコンヴァージョンしていく話でもあるので、もうちょっと真剣に考えたい。なお、音楽や作曲をしている人で、このあたりに自覚的なのは安野太郎さんのゾンビ音楽かなあと思います。(演奏見に行くといつも謎の映画を見ることになるので、たまに意図がよくわからなくなるけど…、悪口ではないです)

そして、このへんの分断って、たとえば即興演奏で次の音を出すときに、知ってる音を出すのか、知ってるけど違う音をだすのか、違う音だけど腑に落ちる音をだすのか、それともそれは単なる音でいいのか、聞いたことのない音なら何でもいいのか、お客さんにとってどう聞こえるのか、迷ってることが伝わってもいいのか、みたいな瞬間的な判断をするときも少し感じます。楽器を弾く自分の身体と「今ここ」で鳴っている音楽に立脚しながら、どう逸脱していくか、でも聞いている人を置いてきぼりにしない程度に、でもそんなことできるの?とか。
なお、この辺にものすごく自覚的な気がするのは、秋山徹次さんの演奏のような気がします(弾き語りの曲にあわせてもらったときに強くそう聞こえて感動しました)

ところで、子供にこのサウンドスーツを作らせているのがあって、のこのこ歩くしかできないような体裁なのですが、これはこれでかわいい。